なぜなに中世事情


LIBER VI SUB ROSA
―第六話 薔薇の下で― より


LIBER II CONTRA MUNDUM
―第二話 世界に対す― より

中世における帽子

中世に限らずだが、帽子には頭部に保護や防寒以外にも、身分や階級を表すための装いとしての役割をもってきた歴史がある。15世紀ではゴシック文化の成熟が進み、身分の高い女性が被っていたヘッドドレスである高い円錐形のエナン帽や、フードの先が筒状になったリリーパイプなどの現代から見れば奇妙なデザインの頭を飾る装いがあった。この作品でもル・メ伯ギヨームが、シャペロンという頭巾のようなもので頭を覆っているが、これはブルゴーニュから始まった当時の流行であった。このシャペロンを含め、黒を基調にしたル・メ伯の衣装は、当時としては結構ハイセンスなのである。


LIBER VI SUB ROSA
―第六話 薔薇の下で― より


LIBER IV MEMENTO MORI
―第四話 世界に対す― より

中世の銃

ガルファたちがイングランド側に発射した銃は、現在の銃火器の遠いご先祖。こうした個人が携帯できる火薬で何かを発射する武器が、ヨーロッパの歴史資料で確認できるのは14世紀頃からと言われている。ただし、当時の銃はロングボウやクロスボウよりも威力があったわけではない。射程も短く、音で敵兵や馬を威嚇する効果の方が上だったかもしれない。そうであっても、銃が戦場を支配するようになっていった理由の一つは、ロングボウやクロスボウよりも取扱いが容易であり、熟達者でなくとも一定の効果を発揮出来るためだろう。


LIBER V SAPERE AUDE
―第五話 勇気を、分別を、― より


LIBER III FIDE, NON ARMIS
―第三話 武器でなく信仰で― より

中世のパン

傭兵団の宴やマリアの食卓にパンの描写があるが、15世紀フランスではパン食が既に普及しており、富裕層ならば小麦のパン、庶民はカラス麦やライ麦などのパンであることも多かったようである。バゲット(フランスパン)は1920年代まで存在せず、現在でいえばパン・ド・カンパーニュ(田舎パン)が中世のパンに近い部分があるかもしれない(もちろん製法や材料に違いはある)。イングランドでは13世紀にすでに「Assize of Bread and Ale」というパンとエールの品質や価格を定めた法律が作られており、フランスでもパン製造組合には材料やサイズの規則があった。これを破った者が処罰を受けたという記録もある。農村ではパン窯が領主の権益で、その窯以外で焼かれた自家製パンは禁制品ということもあるが、マリアの食卓の大きなパンはきっと自家製と思われる。中世パンに関してはフランソワーズ・デポルト「中世のパン」という名著があるので、興味がある方は御一読を。


LIBER V SAPERE AUDE
―第五話 勇気を、分別を、― より

三角巾

ガルファが腕を負傷しているが、骨折時に腕を吊るす三角巾をしていない。実は三角巾の歴史はそれほど古くなく、最初期に発明は19世紀の普仏戦争当時にドイツ・キール大学教授であった医師フリードリッヒ・ファン・エスマルヒの発明した止血帯であるエスマルヒ・バンテージと言われている。中世においてもエスマルヒ・バンテージに相当するものがあった可能性はゼロではないが、調べた限りでは見つからなかったので、あえて描写しないことを選択している。


LIBER V SAPERE AUDE
―第五話 勇気を、分別を、― より

決闘裁判

決闘のルール等は時代や地域によって違うが、ここではガルファが騎士ジョン・ド・トルアンの決闘のモデルとなった中世決闘裁判に関して記述する。決闘による裁判はゲルマン法を起源としているとされ、記録ではヨーロッパでは16世紀までに行われていた。ただし、15世紀には法制度としての決闘裁判はかなり廃れていた。これらは正式な裁判の形態で、主に証拠不十分な罪状が立証できない場合、被害者が被疑者に対して決闘を申し込む形で行われる。決闘は裁判権を持つ王・貴族の儀礼官などによって仕切られ、神は正しい者に味方するという論理で勝敗の結果は神の下での判決とされた。


LIBER V SAPERE AUDE
―第五話 勇気を、分別を、― より

ソードブレイカー

ガルファが腕に仕込んでいた、剣の刃を噛ませていた櫛状のもの。本来は英語で「パリーイングダガー」などと呼ばれる刃と櫛状が両方ある武器の一種を指す。ガルファはロングソードを抑え込むために櫛部分だけを特別に作って、腕に仕込んでいた。中世後期から現れ、片手剣と一緒に二刀流で使用することが多く、ルネサンス期のフランスでは「main-gauche」(左手)と称されていた。


LIBER V SAPERE AUDE
―第五話 勇気を、分別を、― より

刃を持って手が切れない理由

14世紀のフィオーレ・デイ・リベーリや15世紀のハンス・タールホファーなどの残した西洋剣術書の中には、ロングソードなどの刃を掴んでヒルト(柄)やポンメル(柄頭)で相手を攻撃する技が描写されている。なぜ刃を掴んで切れないかの的確な説明は難しいのだが、この作品でご協力いただいたドイツ剣術のインストラクターもされている「キャッスル・ティンタジェル」のジェイ・ノイズさんに このことを伺ったところ、「私もナイフを実際に掴んで練習した」とのこと。おそらく当時は剣の刃掴みの技術・ノウハウが存在したのかもしれない。