なぜなに中世事情




LIBER II CONTRA MUNDUM
―第二話 世界に対す― より

中世の領主

百年戦争末期は、戦争によってフランス王の権力が強まり、領主・大貴族の権威が相対的に低下し始めていた。例えば、本作に登場するル・メ伯ギヨームはフランス王軍に積極的に参加することで、王に忠誠を示し自らの領地の安泰を図っている。また、ジョセフのような家臣を多数抱えて荘園経営を盤石にし、甥であるベルナールを修道士とすることで経済的に豊かな修道院にも影響力を保持できるようにしているのであった。


LIBER II CONTRA MUNDUM
―第二話 世界に対す― より

ローマのディアナ

第二話で“アルテミス”と聞いた司教が口にしたこの名前は、ローマ神話における狩りの女神。森の動植物に関係した神とされ、「森の王」と称されることもあり、多産、月などを象徴することもある。絵画や彫像では狩りの神らしく、チュニックにハンティングブーツ、弓を手に持ち、猟犬もしくは鹿を連れている表現がなされていることが多い。

古くからギリシア神話の女神アルテミスと同一視されており、古代から信仰されていた小アジアの大地母神が徐々に混合されていったのが起源ではないかと言われている。


LIBER II CONTRA MUNDUM
―第二話 世界に対す― より

「やっぱホモセクシャルだわ、世の流行りは!」

中世ヨーロッパの同性愛に関しては、資料的な制限がある上に、時代や地域によって違いがあるので語るのが難しいが、一般的には時代が進むにつれて同性愛行為を罪と見なす風潮が強まり、厳しい処罰を受けるようになっていった。フランスでは行為が見つかれば、最初は去勢、2回目だと手足の切断、3回目で火刑ということもあったらしい。しかし、絵画や文学等で暗喩的な同性愛表現も散見され、見えない形で存在していたことは間違いない。


LIBER II CONTRA MUNDUM
―第二話 世界に対す― より

傭兵の略奪

当時の傭兵は、「ルイトゥヤーズ」や「フリーカンパニー」などと呼ばれ、戦場で戦う以外は盗賊のように各地で略奪暴行を繰り返していた。当時は流通網が未整備の上に生産性も低く、兵士たちが十分な兵站・補給などが受けられず、略奪無しでは食べていけなかったという側面もある。また、フランス王国の財政基盤も貧弱で、傭兵をパートタイムで雇う方が安上がりでもあった。しかし、傭兵は戦争時には頼りになっても、略奪で国土は疲弊するため、フランス王はその対応に頭を悩まされ続ける。




LIBER I VIRGO INTACTA
―第一話 完全なる乙女― より

アーチャーズ・ステークス

名前通り、主にロングボウ(長弓)を使用する兵士たちが騎馬に対抗するための戦術の一つ。百年戦争やイングランドの薔薇戦争などで用いられた。周辺を囲むように多数の杭を斜めに打ち込み、先端を削るなどし、敵騎馬の侵入を阻止する野戦築城を行い、その内部に立て籠もって矢を放ったと言われている。イングランド王ヘンリー5世が1395年ニコポリスの戦いのトルコ・イエニチェリから着想したと言われ、1415年のアジャンクールの戦いではイングランド側がこの戦術で大勝している。

戦いの最中にガルファが引っこ抜いているのは敵陣の杭。後から来るフランス側の騎馬が通れるように杭を撤去しながら進軍している。

LIBER I VIRGO INTACTA
―第一話 完全なる乙女― より

アンリ・ビューフォート

ビブがイングランドからやってきたと聞いて、魔女の一人が口にしたこの名前は、イングランド王家に大きな政治的影響力を持った聖職者の名前。ジャンヌ・ダルク裁判に関与したことでも知られる有名人。英語読みだとヘンリー・ボーフォート。

1377年にイングランド領であったアンジュー(現在はフランス・メーヌエ=ロワール県)に生まれ、幼くして聖職者の道を歩んだが、1403年にはイングランド王ヘンリー4世によって大法官に任命されるなど、政治の面でも早くから頭角を現した。最終的にはウインチェスター司教、枢機卿などを歴任、1447年に死去するまで政治の場で活躍し続けた。


LIBER I VIRGO INTACTA
―第一話 完全なる乙女― より

従軍修道司祭

1話の戦場シーンで登場する修道士は、指揮官ではなく従軍している聖職者。フランス王国で軍隊に従軍する聖職者の地位が正式に認められたのは、11世紀の「聖ルイ」ことルイ9世の時代と言われている。しかし、それ以前も第一回十字軍で民衆十字軍を率いた「隠者ピエ-ル」のように、戦場で活動する聖職者は数多く存在した。1話で登場する修道士は、司祭として戦闘に参加する兵士たちへの祝福や祈祷などを行っている。

LIBER I VIRGO INTACTA
―第一話 完全なる乙女― より

アジンコート・サイン

戦場で、イングランド兵の一人がガルファたちに見せつけたこのジェスチャーは、当時流行った挑発のしぐさである。人差し指と中指だけを伸ばすジェスチャーで、Vサインの起源の一つという説もある。

伝説では、1415年10月25日に行われたアジャンクールの戦い(英語読みだとアジンコートの戦い)で、イングランドとウェールズのロングボウ兵が行ったと言われている。当時強力な遠距離攻撃を行えたロングボウ兵が、弓を引く人差し指と中指を敵に見せつけて「この指を切り落としてみろ」と挑発したとされている。

LIBER I VIRGO INTACTA
―第一話 完全なる乙女― より

娼婦団

中世の戦争では、女性や子供たちの一団が傭兵たちと行動を共にして、食事や怪我人の世話などを行うことがあった。第一話では負傷したフランス側の兵を、ロロット達が自陣へ運んでいる様子が描かれているが、このように略奪や捕虜の輸送・兵站の補助なども請け負う場合もあり、中世の戦場を構成する重要な役割を担っていたと思われる。

百年戦争後の15世紀後半から台頭するドイツ傭兵ランツクネヒトの研究などによれば、こうした女性たちの中には兵士との間に子供を設けて家族となる者も多かったようで、移動する共同体を形成していたと考えられている。

LIBER I VIRGO INTACTA
―第一話 完全なる乙女― より

勅令騎兵団

本作では勅令騎兵団としたが、フランス語では「Compagnie d'ordonnance」。王令隊もしくは勅令隊とするのが適訳かもしれない。1445年のシャルル7世の勅令も元に、王軍司令官アルチュール・ド・リッシュモン元帥によって作られた、王国の税金で賄われた王のための部隊。当初は小規模であったが、徐々に組織が拡大していき、百年戦争の最終局面ではフランスの勝利に大きく貢献し、後のフランス王国常備軍の源と言える存在になっていった。